動物たち

それから、友達がお見舞いに来てくれる日を目指して2つ目のニードルフェルトを作り始めた。


まだまだ下手くそだったけど、渡す友達のことを思いながら作った。



たまに針で指を刺してしまい血が出て痛かった。セルフ血糖値。。🩸


ギリギリお見舞いに来てくれる日に間に合い、完成した2つのニードルフェルトをプレゼントしたら喜んでもらえて、嬉しかった♪




誰かのために


何かを目標に


すべての希望を失っていたその時の私にとって、やはりその二つの気持ちが大きな原動力だった。


「誰かのため」というと押し付けがましいけど、たとえ一方的であってもそれは私の精神面にとって良い影響をもたらしてくれるので、それはそれでいいかなと…
そういう意味でも、周りにいてくれる人の存在に助けられていたと思う。




2つ作って慣れてきたので、次は中級者用キットに挑戦してみることにした。
残りのキットは3つ、ペンギンとピンクのくまとアイスを持った黒猫。


ペンギンとクマは退院するまでに完成させて、お世話になった二人の担当の先生たちに退院するときに渡したいと思った。


そしてもう一つ、黒猫はひろのために作ろうと決めた。
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ニードルフェルト

貧血もだいぶ回復してきて、前のように歩けるようになってきた。


SLEだと日光だめな人もいるみたいだけど幸い私は大丈夫なので、天気の良い日は病院に何ヶ所かあるお庭を散歩したりした。


ある日ふと思い立って、ニードルフェルトのキットを母に買ってきてもらえるよう頼んだ。


百均で売っているらしく、羊毛と針だけでぬいぐるみが作れるらしいので病室での時間を過ごすのにちょうど良いかなと思って。


指先不器用だし、どうせうまく出来ないだろうけど、100円なら失敗しても痛くないし暇つぶしにやってみようかと。


いくつか買ってきてくれたので、まず「初心者向け」と書いてあったキティちゃんのキットから挑戦してみた。


説明書をよく読んで、ゆっくりその通りにまず羊毛をハサミで切り分けた。
それから形を作っていくのに針で刺して整えていくのだが、最初は慣れなくて加減がよくわからずとりあえずザクザク刺していってみた。


刺しすぎたようでどんどん縮まってしまった…😅
キャラものは少しでも顔のバランスがおかしいと偽物感満載になってしまうので難しい。。


輪郭が出来たら、ひげやリボンなどのパーツを付けていって、キーホルダーになるようで金具を取り付けて完成。


丸一日かかったけど、初めてにしては、そして不器用な私にしては意外にうまくいった方だったと思う!


お見舞いに来てくれてた友達の一人がキティちゃん好きだったのを思い出し、今度来てくれたときに渡そうと思った。


それなら一緒に来てくれるもう一人の友達にもなんか作ろうと思って、今度は猫を作ることにした。

一時帰宅

プログラフという免疫抑制剤を追加してもらってから尿のたんぱくも減ってきたようで、順調なら5月半ばには退院できそうだと言われた。


とはいえ、まだ貧血も治ったわけではなく、数値も不安定でふらつきも残っていたので、この状態で退院と言われてもそれはそれで不安な気持ちだった。


ステロイドが40mgを切ったので、一時帰宅が許されるようになった。


検査のない土日なら家に帰っても良いとのことだったが、食事の不安や生活リズムが変わってしまうのを避けるため、日中だけ外出という形で許可をもらい、家に帰ることにした。


パジャマ以外の服を着るのも、病院の外に出るのも、一ヶ月以上ぶりだ。。


車で父が病院まで迎えに来てくれた。
お城から初めて外の世界に出る姫の気分だった。笑
車から見えるすべての街の風景が新鮮で。


久しぶりに帰った家は、自分の家じゃないみたいな変な感覚だった。
犬が出迎えてくれて、それからぴったりくっついて離れなかった。


病院に戻るまでの6時間くらいの間だけ家での時間を楽しんだ。


久しぶりにキーボードじゃないピアノを弾いたら、ピアノってこんな音色だったっけと不思議な感覚がして。
でも、少し弾いただけで疲れてすぐにへたばってしまった。かなり体力落ちたなーと。。


天気がとても良い日だったので、貧血に気をつけながら犬と近所を少しだけ散歩してみた。
5月はたくさんの花が咲いていて、暖かく穏やかで、久しぶりに病院じゃないところを散歩できて嬉しかった。


お風呂も家で入って、病院だとシャワーしか出来なかったので久々にゆっくり湯舟に浸かれて気持ち良かった。


そして短い一時帰宅の時間を終え、シンデレラのようにまた夕飯前には病院に戻っていった。


今はここが自分の闘いの場。
気分転換もできたのでまた頑張ろうと思った。

前向きに

たまに急変患者さんが出ると夜中でも関係なく緊急コールが病院中に響く。


自分の病室の近くでも何度か出て、そのたびに看護師さんたちがものすごい勢いで走り回っていた。


病院なのであちこちにゼーゼー苦しそうな人やゲーゲー吐き続けてる人がいて、それぞれ闘っているわけだけど、その中にずっと何ヶ月もいると自分の気持ちも更に滅入ってきてしまう。




去年の秋にひろが聴きに来てくれたコンサートが今年の秋も開催されるようで、いつも一緒に演奏してる大学時代の友達から連絡があった。


大切な友達だけど、あまりにも事が事だったのでひろのことも入院してることもまだ伝えられておらず、この際に意を決して全部伝えた。
心配してくれて、いつでもすぐに会いに行くと言ってくれた。


今年の演奏会は10月とのこと。
今はまだ入院中だから決められないけど、もう少し返事を待ってもらえるかお願いして、できればその演奏会に出演することを目標に頑張りたいと思った。


少しでも目標が出来ると、そこに向けて気持ちが前向きになってくる。


パルスから丸一ヶ月たち、ステロイドが2.5mg減って37.5mgになった。
正直、あんまり変わらなかった。不眠は治らないし、身体中乾燥してガサガサだったし。


でも、順調ならまた2週間後に2.5mg減らせる!
少しでも前向きなことを考えて過ごしていこうと思った。
そうでもないとやってられない。

平成最後の日

世間は平成から令和に年号が変わるということで、連休だったようだ。


街は盛り上がっていたみたいだが、病院内は一切そんなムードなくて、変わらない毎日の入院生活が続いていた。


だけど、テレビを付けると皇室の行事が中継されていたりして。。
それを見ると私はとても辛い気持ちになった。


家族はそれを察して、できるだけ病院に来て気を紛らわしてくれていた。


貧血が少し良くなったから、家族に付き添ってもらいながら様子を見て院内を歩いたりしてみた。

まだふらふらするけど、なんとか倒れずに病室まで生還できるようになってきた。


なんか、だんだん何を治してるのかよく分からなくなってきた。


元々複雑な病気ではあるけれど、腎臓を治してるのか、貧血を治してるのか、SLEを治してるのか。。




夜、研修医の先生が5月から別の科の研修に行くため担当から外れるとのことで挨拶に来てくれたが、5月って明日じゃん!


研修医の先生は入院前の出来事を知っていたか分からなかったけど、先生の前でも何度か泣いてしまったので…💧
「おかげさまで気持ちの面でもだいぶ落ち着いてきました」とお礼を伝えた。



休みの日でも回診に来てくれたり、お世話になった先生にも無事退院の報告できるように頑張ろうと思った。

ピアノ

家族が病室での暇つぶしに小型のキーボードを持ってきてくれたので、体調に合わせてたまに弾いていた。


イヤホンで音は鳴らないようにしたけど、鍵盤がカタカタ言ってしまわないようなるべく静かめの曲を弾くようにしていた。


やっぱりピアノを弾いていると、気持ちが落ち着いてくる。


音楽は私の生きがいまでではないけれど、私にとって人生の大きな支えなんだと実感した。
なんだかんだ、音楽だけは絶対に私を裏切ることはない。


いつからピアノを弾いていなかっただろう。



気付けばこんなに長い間ピアノを弾かなかったことは今まで無かったので、指が細くなっていた。


ずっと指を使っていなかったから筋肉が無くなってしまっていたようで、鍵盤の軽いキーボードなのに、全然思うように指が動かない。


関節痛が酷くなったときは、もうピアノも弾けなくなるのかな、仕事も出来なくなるのかな、、と不安だった。


でも、治療してもらって関節痛は無くなったので、これからの努力次第でまた弾けるようになる。


たまたま先生たちが回診に来てくれたときに弾いてたことがあって、私のピアノをいつか聴きたいと言ってくれたのがとても嬉しかった。


いつかちゃんと元気になったら、先生たちに感謝の気持ちを込めて演奏できる時が来たらいいな、と微かな夢が出来た。

輸血回避

先生も頻繁に採血で様子を見てくれていたが、ヘモグロビンは7.1まで下がってしまった。


数値は低かったが、身体が適応してきたようでその状態に慣れてきた。
ずっとクラクラしていたけど、その揺れのリズムに呼吸を合わせることで少し歩けるようにもなった。


プルーンは鉄分が豊富で貧血にいいみたいなので、病院のコンビニで売っていたプルーンをいつも食後に自主的に食べていた。


先生は心配してくれて、「もし辛いようなら輸血しましょうか」と提案してくれたが、貧血の原因がよく分からないのに輸血しても結局また下がってしまうだけだから、「できればもう少し様子を見たいです」と伝えた。


鉄剤の薬を出してくれることになって、とりあえず様子を見ることになったが、これ以上下がるようだったらやはり輸血になってしまうようだった。


でもなんとなく、もうこれ以上下がることはない、と思った。あとは上がるだけ。




ヘモグロビンがまた下がってたら再輸血が決定してしまうという採血の日。


看護師さんが「運命の採血ですね、上がってるといいですね!」と言いながら針を刺してくれた。


研修医の先生も、まだ結果が出る前に
「上がってるといいですね、結果が出たらすぐ来ますね!」とわざわざ来てくれた。


ドキドキしながら待ってたらしばらくして結果が出たようで、すぐに看護師さんが
「よかったですね!上がってましたよ!」と病室まで伝えに来てくれた。


7.4とかだったと思う。
ホッとした。


それから先生もまた来てくれて、一緒に喜んでくれて…


私ごときのヘモグロビンにみんなに気にかけてもらって本当ありがたい😭

ヘモグロビン

少しでも病室から離れると倒れこんでしまうので、トイレ行く以外はベッドから動けなくなってしまった。


シャワーに行くのも決死の覚悟で行って、最短時間で済ませていた。


友達がまたお見舞いに来てくれた。
この前はわりと元気に話せてたんだけど、せっかく来てくれたのに息苦しくて話すのも大変で、ベッドに寝たまま起き上がれなかった。
顔色が真っ白だと心配された。


翌週も一人後輩が来てくれる予定だったんだけど、この状態で会ってもろくに話せないし、落ち着いてから来てもらうことにしてお断りした。




最初は生理が原因の一時的なものじゃないかと言われていたが、生理が終わってもヘモグロビンの数値は戻らず、むしろどんどん下がってきていて。。


いつもセルセプトを増薬するたびに体調が不安定になるので、私はセルセプトが原因のような気がしていたが、セルセプトの副作用として貧血というのはあまり聞かないとお医者さんは首をひねっていた。


今までは病院内を歩いたりして気晴らしできたけど、まったく動けなくなってしまって精神的なストレスも溜まってきていた。
夜は相変わらずほとんど寝られないし、一日中ベッドから動けないし、気がおかしくなりそうだった。


ある時もう限界になってしまい、先生たちが回診に来てくれた時、こらえられなくてまた泣いてしまった。


「今は辛いかもしれないけど早く退院できるように頑張りましょう」と励ましてくれた。


いい歳していつも突然泣き出しては先生たちを困らせてしまって申し訳ない。。

貧血

その日の昼間、母が来てくれて一緒に院内のコンビニまで買い物に行ったのだけど、その途中でまた立ってられなくなってしまって、椅子が近くに無かったのでその場でへたりこんでしまった。


母は何気に冷静で、近くから車椅子をすぐに借りてきてくれてそれに乗せて病室まで運んでくれた。


病室に戻る途中で、たまたま担当の先生が通りかかったので、すぐに伝えることができた。



貧血の原因は、血漿交換の影響かもしれないし、生理が来てたからそのせいかもしれないし、どれかの薬の副作用かもしれないし、腎臓から来る貧血かもしれないし、溶血性貧血とかいうやつかもしれないし。。


色々考えられるけど、どれなのかすぐには分からないようだった。


原因がわからないのも心配だけど、自分が思っている以上に動けなくなってしまっているのがとても不安だった。
冗談じゃなく、20歩以上歩けない。


その日は父は来ない予定だったけど、へろへろになってると母から聞いたらしく、母が帰ったあと心配して来てくれた。

マスクしなきゃいけないけど息苦しくてマスクもできないと言ったら、薄いマスクを探して持って来てくれた。


それから、朝撮れなかったレントゲンを撮りに看護師さんが車椅子で連れてってくれた。


自分の足で動けなくなってしまうなんて、どんだけ病人なんだろうと情けなくなった。。


コンビニにも買い物に行けなくなってしまったので、家族が来てくれる時に飲み物とかを買っておいてもらった。


血漿交換もすぐ数日後に予定されていたが、今のこのフラフラの状態でやったら、血漿交換が原因でないにしても普通にキツイと思い、延期してもらえるようお願いした。

ふらふら

セルセプトを2錠に増やしてから一週間後、さらに1錠増えて、朝夕3錠ずつになった。


同じ日、血漿交換も2回目を行った。
1回目よりも慣れてきたので、前回は途中で断念したが、今回は2リットルの目標を達成することができた!


終わったあとはフラフラだったけど、直後で疲れてるからだと思った。


その日の夜、夕飯を食べて薬を飲んだあと、運動も適度にしていいとお医者さんにも言われてたので病院の中をあちこち歩いたり、階段を上り下りしたりしてた。


最初は調子良かったんだけど、途中で急に息切れしてきてしまい、やばいかも…と思った時には立ってられなくなって、近くの椅子に座り込んでしまった。


なんとかへろへろになりながら自力で病室に戻り、ベッドで休んで息苦しかった呼吸を整えた。


たぶん血漿交換のあとに無理してしまったからだと、落ち着けば元に戻ると思って安静にしていた。


でも、翌日も少し動くだけで息切れがしてしまい💧
朝レントゲンを撮りに行ったんだけど、たった1つ下の階に行っただけなのに目眩がしてしまって途中で引き返した。


看護師さんに言ったら、ヘモグロビンが7.8とかまで下がってしまっていると教えてくれた。
腎生検前に輸血をしたが、その時よりも低い数値だった。
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