唾液腺シンチ

この前言われた唾液腺の精密検査を受けに大学病院へ行った。


放射性物質を注射して、機械でひたすらじっと寝ていれば良いらしい。


検査室に呼ばれて、機械の上で横になる。
動かないでくださいね、と言われて技師さんが色々機械の調整をする。


寝ている顔のすぐ真上に天井が迫ったように至近距離で機械が降りてきて、物凄い圧迫感だった。


軽い閉所恐怖症の私は怖くなってちょっと動いてしまった。


そしたら技師さんに「あー!動かないでって言ったでしょ!」って怒られてしまい、謝った。


でもこのまま40分は怖い…


真上にある機械しか視界がないので、何をしているか分からなかったけれど、放射性物質の注射がされていたようだ。


そして、検査が開始されたようで、ただひたすら心を無にしてじっと動かず耐えていた。


時間が過ぎるのを待ち、15分~20分ほど経ったところで、すっぱいレモンゼリーみたいなものを注射器で口に流し込まれた。


このすっぱさで唾液が出るかどうか見るらしい。


すっぱいなーと思いながら言われた通りそのまま飲み込んだ。


そしてまたひたすらじっと。


最後の方に咳がしたくなってきて、我慢してて苦しくなってきたところで「あと5分くらいです」とアナウンスが流れたので、なんとか5分なら耐え切れる!と思ってがんばった。


そして「検査終了です」と技師さんが入室してきて、解放された。


よく閉所恐怖症にはMRIは辛いという話は聞いていたが、この検査もその気のある人には辛いと思う。
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鍋パ

お互い丸一日休みの日はなかなか無かったから、半日休みの時にひろの家で鍋をすることになった。


ひろは一人暮らしして半年以上経っていたけど、家にほとんど食器や調理器具が無くて、唯一鍋だけはあるとのことで。
機動隊時代に仲間とよく鍋をしていたらしく、自分でもしようと思って買ったらしい。



最低限の食器は100均で一緒に買い出しに行って揃えることになった。


とんすい、お箸、お皿やコップ全部お揃いで2つずつ選んだ。
なんか楽しかった。



それからスーパーで一緒に食材の買い出し。
包丁も無かったからカット野菜にして、鍋スープは何がいい?って聞かれたから目に止まったゴマ豆乳鍋に決めた。


ひろの家に署で余ってもらったパスタがあるって言ってて、ちょうど鍋スープのパックの裏にシメのパスタのレシピが載ってたから、それを作ろうということになった。


買い物を済ませてひろの家に帰った。


一緒にキッチンで料理して、買ってきたお揃いの食器で鍋を食べた。


ひろは普段はキムチ鍋が多いらしいけど、ゴマ豆乳鍋っておいしいんだね!と言っていたので選んで正解だったと思った。


シメのパスタもうまく行くかな?って言いながら作ったけど、チーズも入れていい感じに出来た。
ただ量がやたら多くて、私は食べきれなくてひろに残った分を食べてもらった。



一緒に生活したらこんな感じなのかなーとか思いながら、食べ終わったあとのお皿を洗っていた。


ひろも私ももっと一緒にいたかったし、ひろはまた次の日も朝早いから送ってもらうのも悪いと思いながらも、やっぱりそろそろ帰らないと…


次の日は唾液腺の検査でまた大学病院だった。

久々に

歌会始が無事に終わり、久しぶりに会ったひろは顔が痩せていた気がして、そう言ったら、「そう?自分じゃ分からなかった」と。


ちゃんとご飯食べられているのか、寝られているのか聞いたけど、忙しくて後回しになってしまっていると言っていた。


あまりに休める時間が少なすぎる。


朝は4:30に起床、6:00には署に行き、帰れるのは20時過ぎ。もっと遅いこともある。その上休みがほとんど無いのに、夜勤はある。


しかも勤務日程しょっちゅう変わるのに、変わっても連絡が無くて、翌日の出勤を自分で確認しなければならないとか意味が分からない。


特殊な職業であることは理解しているけど、ちょっとあまりにも酷すぎるし、異常だと感じていた。


自分がひろと会える時間が少ないとかそんなことよりも、ただただひろが心配で可哀想だった。


でも、ひろはこうして私と会えることを仕事の糧にしてくれていたから、一緒にいる時くらいは楽しんで気分転換してほしいと思ってた。


だから、病気の話、ほんとはちゃんとひろと話したかったけど、あんまり話せなかった。


それでもちょっと話さなきゃと思って切り出したんだけど、なんか途中で私泣きそうになってしまって。
我慢したけど、少し重たい雰囲気になっちゃって「今その話やめない?」という心の声が聞こえたような気がして。


重かったとしても、泣き出したとしても、私はほんとはもっとひろと話したかった。
けど、久々の休みにこんな話したくないよね…と思ってそのまま他の話に流れた。

疲れ

夜のニュースで歌会始が行われた様子が流れた。


こうして何事もなく無事に行事が済み、和やかにニュースで流れるということは、ひろが立派に仕事をやり遂げ、守りきったという証拠。


国の平和を守る人が自分の彼氏であることを、すごく嬉しく、誇りに思っていた。


その一方で、ひろが疲れ果てている姿は心配だった。


私は会った時にはひろに仕事の話をよく聞いていた。
聞いても分からないこともあるし、ひろも全部を話していたわけではないと思うけど、良い話ではなく愚痴が多かった。


私はてっきり、異動して仕事の内容に慣れなくて大変な思いをしているのだと思っていた。


もちろんそれもあっただろうけれど、私が
「今仕事で一番大変なことはなんなの?」
と聞いた時、ひろが


「人間関係。」


と即答したことは意外で、

「え、そこなの?」と言ったら

「そう、くだらないよね。」
と苦笑していた。


たしかに仕事の内容的にも厳しさや緊張感は常に必要だと思うので、上司や仕事場の雰囲気も緩むわけにはいかないと思う。


でも、ひろの人柄で周りに嫌われることは絶対に無いだろうから、厳しさの中でもなんだかんだ信頼されているだろうし、可愛がってもらえてるのだろうと思っていた。

結果報告

その日の夜、ひろにはすぐに電話で病院の結果を話した。


主に2つの病気が疑われていること、妊娠や出産にリスクがあること、これからまだ検査が続くこと。
そして、治る病気ではないこと。
隠さず全部話した。


結婚を考え始めている中、妊娠出産にリスクがあることは自分もショックだったし、ひろにも申し訳ない気持ちだった。


ひろは話を聞いて心配してくれてはいたけれど、なんか私に気を遣って本音を言ってくれてないような気がして…私もほんとはもっと不安な気持ちを分かってほしかったのに、上手く伝えられなかった。




それと、年明けに出勤したとき、職場の直属の上司には伝えておこうと思った。


もしもこれから悪化していきなり入院とかになってしまったとしたら、その時に急に話すのでは迷惑をかけてしまうと思ったので。
もちろん、そうならないことを願っているけど。




ひろは年末年始の怒涛の仕事が終わっても、次々と政治・皇室の大切な行事が続き、休まる時がない。


1月半ばに皇室の「歌会始」という行事があり、大きな行事の警備を初めて一人で担当することになり、絶対に失敗できないと言っていた。


それが終わるまでは仕事に集中させてほしいということだったので了解し、邪魔しないように気をつけながら成功を祈っていた。

大学病院の検査結果③

それと、妊娠出産に影響のある抗体が弱陽性であることも診察で伝えられた。


抗カルジオリピン抗体という抗体で、血栓症や流産を引き起こすそうで、これが病気になると「抗リン脂質抗体症候群」というものになるらしい。


また、診察室を出てから、自分でもらった検査結果の紙を細かく見てみると「SS-B抗体」が陽性になっていることがわかった。


ネットで調べまくって知っていたのだが、SS-A抗体はシェーグレン以外の病気でも陽性になることがあるけれど、SS-B抗体は出現率は低いものの、これが陽性になったらほぼ間違いなくシェーグレンというものだった。


ということは、抗ds-DNA抗体とSS-B抗体が陽性な私は「SLE(全身性エリテマトーデス)」と「シェーグレン症候群」を合併していると考えてほぼ間違いないだろうと思った。


だからお医者さんもシェーグレンを強く疑って検査しているのだろう。


だけど、どちらかというとSLEもあるのであれば、これからそっちが本格的に発症して内臓障害とか重症化してしまうことの方が怖いのだけど…💦


結局、この日は確定診断には至らず、次回「唾液腺シンチ」という検査を受けることになり、引き続き経過観察ということになった。

大学病院の検査結果②

順番が呼ばれ、緊張しながら膠原病内科の診察室に入った。


曜日が違ったので前回と違う若い先生だった。


「眼科かかってもらえましたか?」
と聞かれて、カルテを探していた。


「はい、でも疑われてる病気じゃないっぽかったです!」
と答えたけど、先ほどの眼科のカルテを見ながら歯切れの悪い感じで


「うーん、、そうだね。眼科的にはそうかもしれないけど、、あ、唾液の検査はやってみましたか?」


そこでガムテストの結果を渡し忘れていたのに気付いてバッグから取り出して先生に渡した。


「あー、、やっぱり唾液でてないね、、ちょっと次回、唾液腺の精密検査を受けてもらえますか?」


「痛いですか!?」
と即座に聞き返したら、
「いや、最初にちょっと注射したらあとはじっと寝てるだけ。」
と言われて少し安心した。


あと、年末の結果について、レントゲンや内臓機能は問題なかったとのこと。
心配していた腎臓はクレアチニン0.54、尿検査も異常なしだったのでホッとした。
だけど抗体は出ているし、補体は下がっているので病気の疑いは強いようだ。


しかし、実際に出ているのは関節痛の症状だけなので「ステロイド治療を今の段階で行うことは過剰治療にあたるので出来ない」とのこと。


たしかに、ステロイドというと副作用が強い薬というイメージだし、飲まなくて済むのであれば飲みたくない。


けど、痛み止めはただの痛み止めだから、症状をごまかしてるに過ぎない。
できれば病気自体に効いて、これから症状が悪化するのを防ぐ薬が欲しかったけど、この日も処方されたのはリウマチクリニックでもらったのと同じ、セレコックスという普通の痛み止め薬だった。


というか、SLEなのか、シェーグレンなのか、両方なのか…それがはっきりしない。

大学病院の検査結果①

いよいよ年末の検査結果を聞きに、再び大学病院へ行く日が来た。
いきなり入院とか言われたらどうしよう。。とか思って一人不安な気持ちだった。


膠原病の診察の前に、眼科へかかるように言われていたので行った。


視力検査とか眼圧の検査とか、メガネ作るときにやるような普通の検査をしてから、シルマー検査という涙の量を測る検査をした。


昔初めてコンタクト買う時にやったことがあったけど、まぶたに薄い紙を挟まれて、それが濡れた量で涙の量を測るやつ。


それから、特殊な目薬でドライアイの有無を調べる検査や、瞳孔を開く目薬をさして眼の奥を撮影する検査もした。


緊張したけど、痛いこととかはされなくて良かった。


最後に眼科のお医者さんの話を聞くと、
「ドライアイを調べる目薬では乾燥がありましたが、シルマーテストでは一応基準の量を超えていました。眼圧や眼底の検査も問題ありませんでした。」


とのことで、おや、シェーグレンじゃないのか?と思った。


検査を終えていよいよ膠原病内科の診察の順番を待つ。この時間が一番ドキドキする。

厄除け

家族の分のお札も頼まれていたので、申込みを人数分済ませてから本堂へ。


本堂は混んでて中に入りきれなくて、私たちは少し外にはみ出したところで立って祈祷を受けた。


病気のこともあったし、厄除けすることで少し気持ちがすっきりした。
無事に何事もなく厄年乗り切れますように…と願いを込めた。


それからひろの家に帰って、久しぶりに二人でゆっくり過ごした。


年末年始の仕事のこととか色々聞いたりしてから、
「そういえば、私の親に会ってもらったけど、ひろのご両親って私の存在知ってるの?」
と聞いてみた。


すると、知ってるよ、と。
「なかなか俺も実家に帰れてないけど、今度帰るときにあきも一緒に来てくれる?」と言われた。


それと、警察にも交際を報告したい、と。


半年ほどそのまま付き合っていたけど、ほんとは警察官は交際をいちいち報告しないといけないらしい。
私の名前とか個人情報を報告して、どのようなものかは分からないけど身上調査されるようだ。


ひろは、それを私が嫌がると思っていたようだけど、私はむしろそういう形できちんと認めてもらうことも、ひろが私のことを正式な形で報告したいと思ってくれたことも嬉しかったので、もちろん了承した。

挨拶

三ヶ日も過ぎたあたりでようやくひろが1日休みがもらえることになり、一緒に初詣に行くことになった。


私は後厄にあたる年だったので、厄除のできるお寺に連れてってもらうことに。
車で家の近くまで迎えに来てくれることになった。



正月中に両親にひろのことを初めて話したら、母が会いたがって、迎えに来てくれるところまで付いてきて挨拶することになった。


ひろは緊張してたのかは分からないけど、普通に挨拶してくれて、私の母はなぜか大量のお煎餅をひろに持たせ、ひろは恐縮していた。笑


後で母はひろのことを「可愛い子だね」と言っていて、好印象だったようで。
ひろも母のことを「優しそうなお母さんだね」と言ってくれて。


ひとまず一安心。


そして、母はそのまま私たちを見送り、私たちは車でお寺へ。


三ヶ日は過ぎていたものの、まだお正月の雰囲気で人も多く、祈祷の受付は混んでおり、朝一で行っておいて良かったと思った。
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